健康への影響ー続報


小児甲状腺がんの「発見率」に近年著しい上昇がみられます


 福島県の県民健康調査検討委員会の資料による小児甲状腺がんの手術者数の増加を前回の記事(5月7日付)でお示ししたが、定量的に考察するには何らかの率の経年変化で考察べきであろう。それでここでは次の考え方で処理した。

① 年間の手術数に代わって2次検査の細胞診における「悪性ないし悪性疑い」の判定数を指標とする。本格検査は繰り返し実施されているが、その実施期間は基本的に2年度と計画されているので、”本格検査X回目終了時点で受診者総数に対して「悪性ないし悪性疑い」の判定がどれだけあったか”の比率が検査を実施した2年間を単位とした経年変化の指標となる。

② 「悪性ないし悪性疑い」と手術数との関係であるが、2次検査の細胞診で「悪性ないし悪性疑い」となった方でも当分は経過観察ないし手術のできる時期を待つという対処もあるので、すぐに全ての方が手術するわけではない。しかし手術に進まれた方はこれまで300件弱の手術のうち1件を除いてすべて甲状腺がんと判明する結果となっている。そこで近似的に「悪性ないし悪性疑い」の判定が出た時点でがんが発見されたとみなす。

③ 上記①②の考え方を採用すると、各回の県民健康調査検討委員会の参考資料として出されている「甲状腺検査結果の状況」に各回の(多くは終了している)検査シリーズごとの結果がまとめられているので比較が容易になる。

 ここでは先行検査から検査5回目までの結果がまとめられている第50回「県民健康調査」検討委員会(令和6年2月2日)の参考資料6を参照して各シリーズごとの発見率(「悪性ないし悪性疑い」の判定数/そのシリーズにおける受診者総数)を図1にプロットしてみた。なお元データを表1に示す。受診率の低下が最近顕著になりつつあるが、それでも本格検査5回目でも受診率は45%で11万人を超える受診者があった。先行検査を除いては前回(2年前)の時にはA1ないしA2判定であったと推定される方が大部分なわけで、前回検査以降に急成長して「悪性ないし悪性疑い」と判定されたものと推定される。

図2 先行検査と本格検査(検査5回目)における「悪性ないし悪性疑い」判定者の年齢分布 1*

 

(上記情報の出典)

*1 https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/611565.pdf

*2 https://fukushima-mimamori.jp/thyroid-examination/primaryexam/system.html

*3 https://fukushima-mimamori.jp/thyroid-examination/outline/purpose.html

 

 図1で注目すべき点は赤くプロットした”悪性ないし悪性疑い”の発見率(10万比で表示)が先行検査から本格検査(検査3回目)までは減少傾向にあったが、その後増加傾向に転じていることである。本格検査(検査5回目)では「これまで検査されなかったため注目されなかった潜在がんを多数発見したスクリーニング効果である」という説明のなされた先行検査での多発の率(100万に対して数百)とほぼ同じ率になっている。2年間の間にこれだけの多発が発生しているとすれば由々しき事態ではないのか?

 その原因を探る手がかりの一つとして検討委員会の同じ資料に掲載されている年齢分布を図2に示した。被ばく時点の年齢は先行検査では17歳をピークに6歳までだら下がりしているが、本格検査(検査5回目)ではピークが6歳にあり、年齢の増加および減少に伴って率が低下傾向をみせる。また男女差(女性が多い)傾向も顕著になっている。なお2次検査時点の年齢は先行検査で19歳、検査5回目では17歳にピークがあり、被ばく時年齢ほど大きくは変化していない。なおここには示していないが発見率の谷にあたる本格検査(検査3回目)ではピークは被ばく時年齢が11歳、2次検査時点年齢が18歳にあり、先行検査と本格検査(検査5回目)の中間の結果とみなせる状況にある。

 これらの結果をまとめると最近のデータである本格検査(検査5回目)では被ばく時に年齢の低かった層に遅発のがん発生が多発しているのではないだろうか?詳しい検討が必要と思われる。

(2024年5月14日 連絡会事務局)

 


福島第一原発事故以後10年を過ぎてなお増加基調にある小児甲状腺がん


 福島第一原発事故の直後からチェルノブイリ事故の経験を受けて、ヨウ素131による小児甲状腺がんが心配されてきた。福島県は県民健康調査という一大プロジェクトを開始して事故発生当時18歳以下の県民(37万人、事故直後に生まれた人を含めると38万人)に超音波による甲状腺検査を続けている。先行検査とも言われる初回の検査によって小児甲状腺がんが従来知られていた発症率(100万人に数名)をはるかに上回る数で発見されたが「これは超音波検査によるスクリーニングによって隠れていた自然癌が発見されただけであり、事故との因果関係は不明」という解釈が流された。しかし先行検査という名の初回の検査が終わり、本格検査というステージにはいってからも発見される小児甲状腺がんは勢いが止まらない。

 下図が(福島県)県民健康調査検討委員会の資料による小児甲状腺がんの手術者数の経年変化である。確かに事故後4年という2015年あたりで先行検査の結果が出そろってきた時までに100名以上の「悪性または悪性疑い」が判定されておりスクリーニング効果の存在は推定されるが、問題はそれ以後である。もしスクリーニング効果で検出される自然発生的ながん以外が発生していないならば、本格検査(2回目以後の検査)の結果である2016年以降の結果には小児甲状腺がんの発見率は急速に低下するはずである。それが受診者の急速な減少傾向にもかかわらず2023年に年間では(先行検査以後)最大の手術数27人を記録しており、これを含む最近5年間で平均して年間20人以上のがん発生が手術により確認されている。事故発生は10年以上前になるが、その被害は現在進行形である。なお手術は各種状況を考慮して医学的に必要とされる場合のみ実施されているとのことである。

                                                2024年5月7日 放射線から子どもたちを守る三郷連絡会

【補足】

 以上は当連絡会の立場から状況を単純化して述べたものだが、実際にはいくつかの論点について激しい科学論争が行われている。総括的な問題整理が濱岡[1]によりなされているが主な論点だけあげる。

(1) 甲状腺検査結果の評価の歪曲により被ばく線量と発症率の関係が不明にされていること

 甲状腺検査2巡目の結果を「県民健康調査」検討委員会「甲状腺検査評価部会」が評価すると1巡目の整理と同じ方法を適用すれば「被ばく線量の多い地域が甲状腺がんの発生率が高い」結果が示されているにもかかわらず、この分析を採用せず不適当な方法(統計的に検定力の低い方法)を採用して、「被ばく線量の増加に応じて発見率が上昇するといった一貫した関係(線量・効果関係)は認められなかった」(令和5年まとめ)[2]としていること。

(2) 国連科学委員会(UNSCEAR)の2020年報告[3]の誤解と悪用

 2020年報告では被ばくによる発がんの増加の可能性を認めているが、その発生率が低いため、他の要因に紛れて増加分と誤差とを識別するのは困難だろうとしている。しかし日本語のニュースリリースのタイトルが「東電福島事故後の10年:放射線関連のがん発生率上昇はみられないと予測される」であったため、放射線がんの発生を否定しているという解釈が流布してしまった。UNSCEARの不適当な表現のリリースと、本文を読まないマスコミ・官僚・専門家の問題である。なお2020年報告には内容的に不十分、不適切な判断が散見される結果、放射線の影響の過小評価に傾いているとも指摘されている[1]。

(3) 「福島原発からの被ばくのない3県での検査結果と類似しているから福島でも被ばくの影響はない」の誤り

 福島は37万人対象で1巡目で30万人、2巡目でも25万人弱の検査が行われている。それに対して、青森県、山梨県、長崎県の対照調査は合計で4365名と2桁近く小さく、統計学的に検定力が全く不十分であるにもかかわらず、統計学を無視して福島と似た結果だという論[4]がある。これに対しての詳しい批判が黒川[5]によってなされている。

(4) 過剰診断説による甲状腺エコー検査の縮小圧力

 医療の現場からは早期発見・早期治療の有用性が報告されている[6][7]にも関わらず 高精度の超音波検査が「本来一生治療が必要なかったはずの腫瘍を見つけてしまう」[8]、「検査率をあげても死亡率は減らない」という主張、および過剰診断によるストレスなどを根拠に学校での検査を中止して任意検査に切り替えるべきだという主張が繰り返しなされている。日本では過剰診断を防止する基準が世界で一番早く導入されていること、福島でも手術の実施には個々に必要性を判断していること、死亡率だけが問題ではなくがんの進行による後遺症など生活の質の低下も考慮すべきだ等の反論[1]がなされている。

【参考文献】

[1] 濱岡 豊:科学, 第 92巻第4号 (2022), p.318-335.

[2] 福島県県民健康調査検討委員会 甲状線検査評価部会:甲状腺検査先行検査から本格検査(検査4回目)までの結果に対する部会まとめ (令和5年7月)

    https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/628998.pdf

[3] 電離放射線の線源、影響およびリスク原子放射線の影響に関する国連科学委員会UNSCEAR 2020年/2021年国連総会報告書 第 II 巻科学的附属書B (パラグラフ222)

https://www.unscear.org/unscear/uploads/documents/publications/UNSCEAR_2020_21_Report_Annex-B_JAPANESE.pdf

[4]菊池 誠: http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/texts/Thyroid.html

[5] 黒川眞一:科学, 第92巻第4号 (2022), p.354-368.

[6] 崎山比早子:科学, 第91巻第6号 (2021), p.610-611.

[7] 鈴木眞一:日本内分泌外科学会雑誌, 第39巻第1号 (2022), p.17-22.

      https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaesjsts/39/1/39_17/_pdf

[8] 高野 徹:日本リスク研究学会誌, 第28巻第2号 (2019), p.67–76.

    https://www.jstage.jst.go.jp/article/sraj/28/2/28_67/_pdf

                                 (2024年5月7日 連絡会事務局)


原告の手記を読むと原発事故が若者に何を残したかがわかります


 福島県でこども甲状腺がんを発症し苦しんでいる300人近くの人たちの中で7人が原告となって東電の補償を求める裁判が始まっています。これまで発行されている7通のニュースレターには裁判の焦点の解説や東電のごまかしに対する科学的反論など、すぐれた記事が多いのですが、特に原告7名が自分の発症・闘病の経過や思いを記した手記(裁判での意見陳述など)は心打たれるものです。ぜひご覧になってサポーターに参加しましょう。毎月500円から支援できます。

下記の記事はすべて311子ども甲状腺がん裁判の支援ネットワークのニュースレター のページ

https://www.311support.net/newsletter/    から読むことができます。

 

★ニュースレターVol.1 (2022.6.10)

「原告の意見陳述(全文)

 元の体に戻りたい」原告2さん

★ニュースレターVol.2 (2022.10.10)

「原告の意見陳述(全文)

 自分の将来、すべてが変ってしまった」原告6さん

★ニュースレターVol.3 (2022.12.10)

「原告の意見陳述(全文)

 漠然とした不安。これから先のことも考えられない」原告5さん

★ニュースレターVol.4 (2023.3.1)

「原告の意見陳述(全文)

 死を意識した日から、自分の意志を大切にしようと決めた」原告4さん

★ニュースレターVol.4 (2023.3.1)

「原告の意見陳述(全文)

 裁判官のみなさん、私の名前がわかりますか?」原告7さん

★ニュースレターVol.5 (2023.4.24)

原告が納得できる判決を」原告1さん

★ニュースレターVol.5 (2023.4.24)

「原告の意見陳述(全文)

 がんの告知を受けた日から、提訴を決めていた」原告3さん

★ニュースレターVol.6 (2023.7.15)

原告の意見陳述を振り返って」原告団長 ちひろさん

★ニュースレターVol.7 (2023.10.10)

裁判を通して病気を受け入れた私」原告2

                                      (2023年10月18日 連絡会事務局)


「 甲状腺がんになり人生を変えざるをえなかった子どもたち」


"17歳から27歳の6人が今年1月27日、原発事故による放射線被曝の影響により甲状腺がんを発症したとして、東京電力に6億1600万円の損害賠償を求める訴訟を提起したのだ(311子ども甲状腺がん裁判)。" 白石草さんが”通販生活”22年6月号に寄稿したルポを紹介します。

 

甲状腺がんの患者に寄り添い、時間をかけて聞き出した物語。

購読申し込みはこちらへ   https://www.cataloghouse.co.jp/company/catalog/

 

(1)男性 中通りで被災 

4回の手術を受け、そのうち2回目は6時間半に及んだという。

(2)女性 原発から30kmで被災 

大学に入学してから悪性の再発がみつかって第2回目の手術。公務員になりたいがなれるのか?

(3)女性 2回目の手術で10か所以上のリンパ節への転移がみられたので放射線治療へ。甲状腺を全部摘出したので一生ホルモン薬を飲まなければいけない。

(4)女性 大学入学直後にガンの再発がわかり、中途退学へ。RI治療も2回受けるがはかばかしくない。「20歳まで生きられるは思わなかった」という言葉が出た。

(5)男性 会津で被災。学校が休みになったので毎日のように自転車でゲームセンターなどに遊びに出た。それが原因なのだろうか?

(6)女性 希望の職場に就職したがガン治療で体調がすぐれず、入社2年目で退職。体調を優先する生活に。

 

以上のうち、一人の原告が5月26日に東京地裁で意見陳述した内容の音声記録(予行演習を録音したもの)が下記から視聴できます。弁護士、裁判官の心にも響いたことと思います。17分くらい。

https://www.youtube.com/watch?v=cwvvJAH_h3E

 

また文字記録にしたもの(5月26日第一回口頭弁論で原告が行った意見陳述の全文)が公開されています。

 「311甲状腺がん子ども支援ネットワーク ニュースレターVol.1をUPしました!」のページ

 (このページの末尾のほうにある「ニュースレターvol.1.pdf 」をクリックして読めます)


福島第一原発事故から11年 福島県の甲状腺がんは226人に


第18回甲状腺検査評価部会(令和4年1月18日)の下記資料によると合計数は226人になっている。

 

第18回甲状腺検査評価部会(令和4年1月18日)資料4

甲状腺検査対象者におけるがん登録と甲状腺検査で把握された悪性、悪性疑い、甲状腺がんの症例数(2012-2017年)

https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/488957.pdf

 

この数字について福島県県民健康調査検討委員会は「甲状腺検査に関する中間取りまとめ」(平成27年3月 福島県県民健康調査検討委員会甲状腺検査評価部会)にある「現時点で、検査にて発見された甲状腺がんが被ばくによるものかどうかを結論づけることはできない。先行検査を終えて、これまでに発見された甲状腺がんについては、被ばく線量がチェルノブイリ事故と比べてはるかに少ないこと、事故当時 5 歳以下からの発見はないことなどから、放射線の影響とは考えにくいと評価する。しかし、放射線被ばくの影響評価には、長期にわたる継続した調査が必須である。」との見方を基本的には変更していない。すなわち「放射線の影響とは考えにくい」という立場を維持している。

 

 これに対して たとえチェルノブイリ事故に比べて被ばく線量が少なくても被ばくによるがん発生はありうること、個々の住民についての被ばく線量が明確でない中の議論なので信頼性に欠けること、地域差(避難地区、浜通り、中通り、会津)が明確でないことが根拠とされているが検査時期の違いにより見えにくくなっているのではないか、いわゆるスクリーニング効果では説明できない多発がみられるのではないか、などの疑問が専門家から提出されている。

 

 現時点で明確な結論が出ないのは仕方ないとしても、国に責任のある原発事故でこどもたちの健康が阻害された可能性があるわけだから、長期的に国の責任で見守っていく必要があることは確かである。健康調査が任意受診の方向に移行しつつあるように見えるが、たとえ任意であれ、国による検査体制は長期にわたって維持すべきである。

(2022年5月30日)


UNSCEAR2020報告をめぐって


原子放射線の影響に関する国連科学委員会(United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation 略称:UNSCEAR)は福島第一原発事故について2013年に総合的な報告を出しています。

(英文報告:https://www.unscear.org/docs/publications/2013/UNSCEAR_2013_Report_Vol.I.pdf

日本語版:https://www.unscear.org/docs/publications/2013/UNSCEAR_2013_Annex_A_JAPANESE.pdf

日本語概要:https://www.unscear.org/docs/publications/2016/factsheet_jp_2016_web.pdf

内容は概して楽観的なもので、「UNSCEARは、将来のがん統計において、事故による放射線被ばくが原因と考えられる有意な変化が観られるだろうとは考えてません」という表現に集約されています。

その後各年次のレポートも発行されていますが、2021年3月に事故後10年という節目で追加の情報による全面的な見直しを行った結果としてUNSCEAR2020報告を発行しました。

(英文報告:https://www.unscear.org/docs/publications/2020/UNSCEAR_2020_AnnexB_AdvanceCopy.pdf

プレスリリース日本語版:https://www.unscear.org/docs/publications/2020/PR_Japanese_PDF.pdf

 

その概要はプレスリリースでは次のようになっています。

 

「この10年間で、被ばく線量評価に関する新規知見が相当数明らかとなった。この新規知見により当委員会は事故後の放射線被ばくのレベルと影響について改善されたより健全な評価を実施することが可能となった。追加の観測データと日本での人々の実際の食生活と行動についてのより包括的な知見に基づき改善されたモデル計算を行うことで、当委員会は線量評価を確認し、見直すこととなった。見直された公衆の線量は当委員会の2013年報告書と比較して減少、または同程度であった。よって当委員会は、放射線被ばくが直接の原因となるような将来的な健康影響は見られそうにないと引き続きみなしている。

 

当委員会はまた、放射線被ばくの推定値から推測されうる甲状腺がんの発生を評価し、子供たちや胎内被ばくした子供を含む、対象としたいずれの年齢層においても甲状腺がんの発生は見られそうにないと結論付けた。公表されているエビデンスを鑑みると、被ばくした子供たちの間で甲状腺がんの検出数が(予測と比較して)大きく増加している原因は放射線被ばくではないと当委員会は判断している。むしろ、非常に感度が高いもしくは精度がいいスクリーニング技法がもたらした結果であり、以前は検出されなかった、集団における甲状腺異常の罹患率を明らかとしたに過ぎない。さらに、一般公衆の間で放射線被ばくが関係している先天性異常、死産、早産が過剰に発生したという確かなエビデンスはない。

 

作業者に関して、白血病と全固形がん(甲状腺がんを含む)の発生の増加が見られることはありえそうにないと当委員会は結論付けた。」

 

UNSCEARの検討は、やむを得ない面があるとしても、2013年版でも概して日本政府が提供した情報によってなされているという評価があったわけですが、2020年版においても各種のデータは同様に日本の情報によるところが大きいようです。たとえば外部被ばくや内部被ばくの線量が見直しにより減少したとありますが、その根拠は除染活動によって予想以上に外部被ばく線量が低下したとか、食品の放射線量規制値が有効に作用して高濃度の汚染食品が市場に出回らなかったことにより、ここ10年間の内部被ばくや今後の被ばく線量の見積もりが低下したというような論理になっているようです。また、市民の被ばくの線量の予測を「避難せずに室内で過ごした人」をモデルとして採用しているので、高濃度プルームによる被ばくは考慮されないとか、フィルタリングが有効に作用しているとか、汚染の小さい状況を仮定している面もみられ、個々人の行動様式の差などは捨象されている面もあります。

 

UNSCEARの予測が放射線の被ばくの影響は「ない」あるいは「見られない」となっていることは、福島県あるいはその周辺で生活する人にとって幸いなことではありますが、統計の数字には出にくいということを述べているわけで、個人の被ばく状況によってはその影響がないとは言えません。したがってこの先も日常生活において被ばくを避ける心がけなどの警戒心を解いてしまうことは勧められませんし、健康チェックなどは続けていくことが大事です。

 


資料「福島第1原発事故より8年間経過した 放射能汚染の現状と健康対策」を掲載


2019年3月19日 連絡会事務局

2011年3月の福島第一原発事故から8年が経過した現在、政府の帰還政策などもあり、「放射線被ばくは過去のこと」と考える方が多くなっていると思われます。

しかし実際にはセシウム137という放射性物質の物理的半減期が30年と長いことが基本原因となって、自然減衰は小さく、一部では汚染が集中してくるような事態も発生しています。

そこで政府関連の組織が発信しているものですが、「環境放射線データベース」等を使って、汚染の現状を確認します。

さらに「予防原則」で少しでも追加被ばくの少ない生活を送るにはどうすればよいかの知恵をまとめてみます。

ダウンロード
資料「福島第1原発事故より8年間経過した 放射能汚染の現状と健康対策」
チェルノブイリ原発事故も参考にした放射線汚染の考え方と具体的対策のまとめ
radiation_and_daily_care_msV1.pdf
PDFファイル 4.1 MB

福島第一トリチウム汚染水の海洋放出は問題が多い


 政府、規制委員会は増え続ける福島第一の放射能汚染水(トリチウムの除去処理ができないため放出できず、タンクに貯め続けているもの)の処理に困り、近い将来敷地が不足して保管できない事態が危惧されると称して対策を検討していますが、有力な方策とされているのが「薄めて海洋放出」という案です。しかしトリチウムの生体影響については不明な点が多く、特に有機物として体内組織に取り込まれているトリチウムがβ崩壊によりヘリウムに変換すると細胞を損傷するというような生物学・化学的な問題が指摘されています。確かにまだデータが不足していますが、このまま大量の放射性物質を海洋放出して環境汚染を起こすことに市民・科学者から反対の声が上がっています。「半減期(12.3年)の10倍程度の期間保管すれば放射能も1000分の1に低下するので、そのくらいの期間は大型タンクに貯めて保管するべき、経費も凍土壁の構築などとほとんど変わらない」という提言もなされています。

 「トリチウムを含む福島原発放射性廃液の海洋投棄に反対する決議」

  http://www.acsir.org/news/news.php?34

 


福島県の甲状腺検査縮小問題 まとめ記事はこれ


2017年を通して、福島県の甲状腺検査縮小問題がくすぶっていました。下記の2017年12月6日衆議院議員会館での院内学習会でも環境省はそれを否定しましたが、個々の「専門家」の発言としては声が大きくなりつつあります。確かに表向き方針の変更は打ち出されていませんが、水面下で何かが進行しているのではと疑われます。

この問題をまとめたネット記事としては少し古いですが(2017年1月2日投稿)下記が参考になります。

「福島県民健康調査で甲状腺がん・疑い183人に ~甲状腺がん子ども基金-福島県外では重症例も」

https://foejapan.wordpress.com/2017/01/02/health/


院内学習会「多発する子どもの甲状腺がん -福島県民健康調査はこのままで良いのか」に参加して



2017年12月6日(水)12時~13時30分、日本弁護士連合会の主催による標記学習会が衆議院第一議員会館大会議室で開催されました。その模様を報告します。

 

 最初に寺原朋裕氏(環境省大臣官房環境保健部放射線健康管理担当参事官室参事官補佐)から「環境省の取り組みについて」という題目で福島県民健康調査について経過と判定結果等の事実経過が詳しく報告されました。

 

  次に井戸謙一弁護士(日弁連 東日本大震災・原子力発電所事故等対策本部委員)から「福島県民健康調査甲状腺検査の経過と問題点」という講演があり、結論として次の2点を述べられました。

(1)県民健康調査の目的を達するためには、縮小でなく、拡充すべきである。

(2)小児甲状腺がん患者を網羅的に把握し、そのデータを研究者や市民が利用できるシステムが必要【いまの県民健康調査は検査まで。その後の手術は、通常診療。摘出臓器に基づく検査等は研究者の個人の研究との位置づけ。データが公表されない。】

⇒国が主体となり、被ばく者の登録制度を作ってデータを集中し、公表するシステムを作るしかない。

 

3人目に 話題提供された崎山比早子氏(特定非営利活動法人 3.11甲状腺がん子ども基金代表理事)は「子ども基金の活動から見えてきた問題点と解決策」という題目で、甲状腺がんの手術を経験して3.11甲状腺がん子ども基金の給付金に申請された方々へのアンケート結果をふまえて結論を次のようにまとめられました。

・甲状腺がんの原因となる放射性ヨウ素は福島県以外も汚染したので甲状腺検査は他県でも実施すべき

・甲状腺がんの多発を「放射線の影響とは考えにくい」或いは「過剰診断」というまえに「他県でも福島と同様に調べなければ結論できないという至極もっともな意見が複数みられた

・過剰診断との考えに対する反発が強い

・甲状腺検査の拡充・継続を望む声が大部分である

・大部分の患者が現在、及び将来にわたる健康不安を抱えており保障を望んでいる。

⇒検診を拡充し、放射性プルームが通過した地域住民に健康手帳を配布し生涯にわたる保障を行うべきである。

 

このように、縮小が取りざたされている小児甲状腺がんの検診も逆に強化していく必要性があるとの指摘がなされました。

その他参加された衆参両院の国会議員数名からも連帯の挨拶がありました。

 


福島第一事故による健康影響の基本問題


岡山大学の津田敏秀教授は「100 mSv以下の被曝ではがんはでない、出たとしても認識できない」という認識を基本とした専門家の言動や政府の施策を憂えて、被ばくによる健康影響についての世界の認識はどうなっているのかを説き、それと違う世界を構築している日本の将来に警鐘を鳴らしています。内容を原典にもどって理解するのは大変ですが、問題の整理が非常にわかりやすい解説ですので重要な文献と思われます。pdfファイルがインターネットで無料ダウンロードできます。

 

学術の動向 Vol. 22 (2017) No. 4 p. 4_19から27まで

津田敏秀「福島県でのリスクコミュニケーションと健康対策の欠如─医学的根拠に基づいた放射線の人体影響とは」

 

https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/22/4/22_4_19/_pdf